亀ヶ谷坂

亀ヶ谷坂

鎌倉には7つ切通しが残っていますが、その中の1つ「亀ヶ谷坂」に来ました。

切通(きりどおし)とは、山や丘などを部分的に開削して作った道のことです。
人や物資の行き来を可能にするために作られ、鎌倉では防御的な政権所在地の整備の象徴として史跡になっています。

亀ヶ谷坂 由緒書き

鎌倉の七切通し

名越切通
朝夷奈切通
巨福呂坂
亀ヶ谷坂
仮粧坂
大仏切通
極楽寺切通

亀ヶ谷坂

扇ガ谷と山ノ内を結ぶ道で、その先の武蔵(むさし:現在の東京・埼玉ほぼ全域に神奈川県東部を含めた地域)に通じる要路でした。
現在でも生活要路として使用されている国指定史跡です。

今も急な坂道ですが、昔はもっと急な坂道だったようです。
建長寺の大覚池にいた亀がこの坂を上ったところ、急坂のために途中で引き返した、あるいはひっくり返ったことから、亀返坂(かめかえりざか)とも言われるようになったと伝えられています。
 

また、この坂の北側は延寿堂谷(えんじゅどうがやつ)といい、昔、建長寺の僧たちが体を悪くした際に、療養した延寿堂があったため、この谷の名がついたといわれています。


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